~動の瞑想(meditation)~圓應寺 礼拝行 『涅槃会』 2026.2

瞑想
~動の瞑想(meditation)~圓應寺 礼拝行 『涅槃会』 2026.2

開催期間

2026年2月8日(日)    
18:00 - 19:30

予約

現在、受付期間ではありません

開催場所

浄土宗照福山顕光院圓應寺
3-1-7, 福岡市中央区大手門, 福岡県, 810-0074

イベントタイプ

地図が利用できません

涅槃寂静の礼拝

2月は、日本と仏教、そして私たちの“内なる目覚め”が静かに重なり合う、特別な月です。
11日は、日本のはじまりを祝う「建国記念の日」。
そして15日は、お釈迦さまがこの世での歩みを終え、涅槃へと入られた日です。

涅槃・・・それは「目覚め」「悟り」を意味する言葉。
サンスクリット語のニルヴァーナは、「吹き消す」という意味を持ち、心の中で燃え続けていた不安や執着、ざわめきを、そっと鎮めた状態を表しています。
善悪を超え、浄らかで、苦のない静かな安らぎ。
それが「涅槃寂静」と呼ばれる境地です。

この一年を穏やかに、しなやかに生きていくために、
自分の内側を整える“加行”の時間を持ってみませんか。

礼拝行は、まさに動く瞑想。
呼吸とともに身体を委ね、繰り返す動作の中で、余分な力がほどけていきます。
ヨガでアーサナを重ねるように、身体と心は次第にニュートラルな状態へ。
煩悩の火は静まり、善と浄のエネルギーが、自然と満ちてきます。

インドのヨガの源流と響き合うように、日本仏教には、五体投地・接足作礼という、深い敬意を身体全体で表す礼拝があります。
圓應寺の暗闇道場では、光を遮った静寂の中、香の薫りに包まれながら、荘厳な礼拝行が行われます。

低音から中音、そして高音へ
複式の発声で唱えられる「南無阿弥陀仏」。
六字の名号とともに、108回の礼拝を重ねるうち、
いつしか「している私」が消え、ただ委ねている感覚だけが残ります。
それは、禅でいう〝身心脱落〟、
身体も心も、ふっと手放されたような感覚です。

懺悔とは、自分を責めることではありません。
今ここに在ることを、静かに受け入れ、感謝すること。
すべてが許されたとき、五感は澄みわたり、
過去・現在・未来が、一本の光の流れとして感じられる瞬間が訪れます。
苦がほどける、その一瞬。

阿弥陀仏とは、「無量のよろこび」「無量の光」。
あなたの声は、仏の声。
仏のよろこびは、そのままあなたのよろこびとして、返ってきます。

外に求めなくても大丈夫。
あなたの内側には、すでにすべてが、ありのままに備わっているのです。

花供御(はなくそ)

涅槃会の頃、寺院では少し微笑ましい、あたたかな風習があります。
お正月に神仏へお供えした鏡餅を、砂糖や醤油で香ばしく炒り、あられとして授与するのです。

神仏に捧げられた鏡餅には、祈りと感謝、そして一年の功徳がたっぷりと宿るといわれています。
このあられは「花供御」と書いて「はなくそ」と読み、関西では親しみを込めて
「お釈迦さんの鼻くそ」などと呼ばれることも。
少し可笑しく、でもどこか人間味あふれる、仏さまとの距離の近さを感じさせてくれます。

この花供御をいただくと、一年間、無病息災で過ごせる・・・
そんな言い伝えもあり、食べること自体が“いただく瞑想”のような時間になります。

満行された皆さまには、災厄除けの願いを込めて
『圓應寺 花供御(揚げ餅)』をご用意しております。
どうぞ、ゆっくりと味わってください。

礼拝行の途中、体調に応じて休んでいただいても構いません。
ここは、頑張りすぎる場所ではなく、
自分のリズムを大切にしながら「調和ある生き方」を体感する、仏道修行の場です。

その場に身を置くだけで、空気が澄み、
静かに上へと流れる“気”を感じ取れることでしょう。
それは、努力して掴むものではなく、自然と受け取るもの。

初めての方もご安心ください。
礼拝行について丁寧なレクチャーを行った後、
皆で呼吸を揃え、「加行」を始めていきます。

祈り、動き、呼吸し、そして委ねる
その流れの中で、心と身体は本来のバランスを思い出していきます。

「マインドフルネス浄土禅」とともに六度のチャレンジで「先達(せんだつ)」の称号を授与し、圓應寺輪袈裟を贈呈致します。
定員は 10名(先着順にて予約をお受付いたします)
参加料金は 2,000円
携行品、服装
軽い運動ができる服装、タオル、ミネラルウオーター、あれば数珠

予約

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