浄土宗 照福山顕光院 圓應寺(円応寺)―福岡は、黒田官兵衛(如水軒孝高公龍光院殿如水圓清大居士)公の妻、光姫(照福院殿然譽浩栄大尼公)さまを開基とする、黒田家の菩提寺です。
当サイトでは、圓應寺における仏事(Buddhist Memorial)を中心に、さまざまなご案内をお届けしております。
年々歳々の暮らしの中に息づく「祈り」をはじめ、人生の節目となる「冠」「婚」「葬」「祭」、そして生きてゆく中で育まれる「感謝」と「誓い」、そのすべてを支える「供養」。
大法要をはじめとする行事や催事にも、どうぞお気軽にお運びくださいませ。
また本サイトでは、圓應寺副住職・三木英信がご案内する修行体験や、各分野でご活躍の講師陣を迎えた「圓應寺の寺子屋」などの参加予約も承っております。
私どもは、目に見えぬ尊き存在である神仏、ご先祖さま、大いなる自然の恵み、そして施主さま・願主さま・ご家族の皆さまの安寧を願い、心を込めて祈りを捧げてまいります。
ご不明な点やご希望がございましたら、どうぞご遠慮なくお問合せくださいませ。
お問合せ先 092-761-1454(圓應寺)
本年は圓應寺開基 光姫さま の400回忌に当たります
2026年(令和8年)は、圓應寺開基・光姫さまの四百回忌にあたる、たいへん尊い節目の年です。
光姫さまは、戦国の名軍師・黒田官兵衛如水公に生涯ただ一人の妻として深く愛され、陰に陽にその歩みを支え続けた女性でした。
志方城主・櫛橋伊定の娘として生まれ、若くして官兵衛公の正室となられた光姫さまは、嫡男・長政公をはじめ黒田家の礎を築き、関ヶ原後には福岡の地に根を下ろす歴史の節目を共に迎えられました。
1601年、福岡城築城の折、玄界灘を望む簀子の地に圓應寺を建立されたのも、光姫さまの深い祈りのあらわれです。
官兵衛公没後は出家し、照福院殿と号して念仏に励み、先祖・敵味方の別なく人々の冥福と福岡の安寧を祈り続けられました。
寛永4年(1627年)、75歳で静かに生涯を閉じられ、その御墓所はいまも圓應寺にあります。
また、今から13年前、江戸期の略伝資料の精査により、「光姫」のお名前の読みが「ミツ」であることが判明いたしました。
この新たな史実の発見は、光姫さまのお人柄と存在を、より身近に感じさせてくれる大切なご縁となっています。
四百回忌という大きな節目を迎える本年、圓應寺では光姫さまの御遺徳を偲び、感謝と祈りを捧げる盛大な法要ならびに記念行事を執り行うことを予定しております。
慈しみと信念をもって福岡を照らし続けた光(ミツ)姫さまの想いを、次の世代へと丁寧につないでまいります。



照福山 顕光院 圓應寺 2026年(令和八年)1月 の 行事暦
1月の こよみと行事

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